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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11234号 判決

原告

新田小城

ほか二名

被告

高根実

主文

1  被告は原告新田小城に対し金一一万九、六三〇円およびこれに対する昭和四三年一二月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告新田小城のその余の請求、原告新田良純、原告新田チカ子の各請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は、原告新田小城と被告間においてはこれを七分しその六を同原告の、その余を被告の、原告新田良純、原告新田チカ子と被告間においてはその全部を同原告らの、各負担とする。

4  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告ら(請求の趣旨)

1  被告は、原告新田小城に対し金八一万五、一二五円、原告新田良純に対し金三一万五、〇〇〇円、原告新田チカ子に対し金二〇万円およびこれらに対する昭和四三年一二月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告らの負担とする。

との判決を求める。

第二、原告の請求原因

一、交通事故の発生と責任原因

1  被告は、昭和四三年四月二九日午後二時四五分頃、乗用自動車(足五そ二〇四五号、以下「加害車」という。)を運転して鷺の宮方面から高田馬場方面に進行中、東京都新宿区下落合二丁目九〇〇番地先交差点において、折柄、同交差点を戸塚三丁目から落合方面に向け自転車で進行してきた原告新田小城(当一一歳)に加害車を衝突させ、その結果、同原告に脳震盪、左耳介部挫創、右肩胸部挫傷、左鎖骨亀裂骨折、全身切創擦過創打撲の傷害を蒙らせた。

2  被告は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条の規定により本件事故により原告らに生じた損害を賠償する義務がある。

二、損害

本件事故により原告らに生じた損害は、つぎのとおりである。

1  原告新田小城の損害

(一) 治療費残 金八、四五〇円

同原告の本件受傷による治療費の合計は金五万六、〇八〇円であるが、このうち金四万七、六三〇円は被告において支払つたのでその残額が金八、四五〇円(甲第一〇号証の一ないし三)である。

(二) 交通費 金五、八二〇円

(三) 慰藉料 金八〇万円

同原告は本件受傷により多大な精神的苦痛を受けたのであり、かつまた、その後遺障害の発現するおそれもあり将来の見通しもたたないのが現状である。これらを考慮すれば、同原告の右受傷による精神的苦痛に対する慰藉料は金八〇万円に相当する。

2  原告新田良純の損害

(一) 休業損害 金一一万五、〇〇〇円

同原告は、原告新田小城の養父であり釣具商を営むものであるが、同原告の本件受傷により看護等のため事故当日から同年五月六日まで休業を余儀なくされ、その結果、金一一万五、〇〇〇円の得べかりし利益を喪失した。

(二) 慰藉料 金二〇万円

原告新田小城の本件受傷による原告新田良純の精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇万円が相当である。

3  原告新田チカ子の損害

慰藉料 金二〇万円

原告新田小城の受傷により、その養母である原告新田チカ子の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇万円が相当である。

三、むすび

よつて、原告らは被告に対し請求の趣旨記載の金額および本訴状が被告に送達された翌日である昭和四三年一二月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める。

第三、請求の原因に対する被告の認否

一、第一項1がよび2のうち被告が加害車の所有者であることは認める。

二、第二項のうち、原告新田小城の治療費金四万七、六三〇円を支払ずみであることは認める。その余は争う。

第四、抗弁

1  免責の主張

本件事故現場の交差点は、加害車の進路(幅員約六メートル)と原告の進路(幅員約三メートル)が直交する交通整理の行なわれていない見とおしのきかない交差点で、しかも原告の進路の交差点入口には一時停止の標識が設置されていた。被告は本件事故以前から右交差点附近の状況を知悉していたので同交差点を通過するに当つては速度を時速二五キロメートル程度に減速進行したが、原告新田小城は、当日友人から借用したサイクリング用自転車で、前記一時停止の標識を無視し時速二〇キロメートルの速度で右交差点を通行しようとしたため本件交通事故が発生したものである。

以上のとおりであつて、被告に対し、一時停止の標識を無視して交差点内に進入する車両のあることまでも予見すべき義務を課することは難きを強いるものであつて、被告には何らの過失はなく、本件事故は、もつぱら原告新田小城の前記交通法規違反の過失によつて惹起せしめられたものである。

2  過失相殺の主張

仮りに被告に本件交通事故に基づく損害賠償責任があるとしても、原告新田小城の前記過失は損害賠償額を定めるにつき斟酌されるべきである。

3  弁済の主張

被告は原告新田小城に対し、前記治療費金四万七、六三〇円のほか交通費五、〇〇〇円を弁済し、また、同原告は右のほか自賠法一六条に基づく損害賠償額の支払として金五万六、二四〇円を受領ずみである。

第五、抗弁に対する原告らの認否

1、2の主張事実は争う。3は認める。ただし、原告新田小城において請求する交通費金五、八二〇円は、被告が弁済した金五、〇〇〇円以外に要した費用である。

第六、証拠関係は、証拠目録調書記載のとおり。

理由

一、事故の発生と責任原因

請求の原因第一項1の事実並びに同2のうち被告が加害車の所有者であることは当事者間に争いがない。したがつて被告は本件事故当時、加害車を自己のため運行の用に供していた者というべきであるから、以下、被告主張にかかる自賠法三条但書所定の免責事由の有無について判断する。

〔証拠略〕を総合すれば、本件事故現場の交差点は、加害車の進行した幅員五・七五メートルの道路と原告が普通の足踏式自転車で進行した幅員四・五メートルの道路がほとんど直角に交差する地点であるが、右交差点の南西隅には家屋があるため、相互に他方の進路に対する見とおしはきかず、ことに原告の進路で右交差点の手前には一時停止の規制標識が設置されていること、被告は本件事故当時二〇ないし二五キロメートルの速度で本件交差点内に加害車を進入させ、また、原告は右交差点入口において一時停止を履行せず、そのまま進行したため、ほとんど出合頭に衝突するにいたつたこと、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠がない。

右事実によれば、被告としては原告の進路に対する見とおしはきかないのであつて、右進路に一時停止の標識が設置されているとはいえ、本件交差点は人家密集地帯(この事実は当裁判所に職務上顕著である。)の交差点なのであるから、原告のごとき児童が自転車で進行することがあり得ることを自動車運転者としては当然予想すべきであり、したがつて徐行しかつ他の道路の交通にも充分意を用いつつ進行すべき注意義務があるのに、被告がこれを怠り漫然前記速度により本件交差点に進入したため本件事故が発生せしめられたものであつて、被告に過失があつたとするほかない。他方、原告も本件事故当時すでに一一歳(この事実は当事者間に争いがない)であつて、前記の一時停止の標識にしたがい、一時停止のうえ他の交通に対する安全を確認したうえ本件交差点に進入すべきであつたのにこれを怠つた過失があつたというべきであつて、この両者の過失割合は、大むね原告五に対し被告五と認めるのが相当である。

右のとおりであつて、被告に過失が認められる以上その主張にかかる免責の抗弁は爾余の判断をまつまでもなく失当たるを免かれないから、被告は自賠法三条本文により本件事故により原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。

二、損害

1  原告新田小城の損害

(一)  財産的損害

(1) 同原告の本件受傷による治療費のうち金四万七、六三〇円を被告において負担支払ずみであることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば同原告は診断書料および第二回脳波検査料として金三、三〇〇円を支出したことが認められるから、この合計は金五万〇、九三〇円となる。なお、同原告は、右以外に治療費金五、一五〇円を支出した旨主張し、これにそう〔証拠略〕があるけれども、〔証拠略〕によれば、右金額は、前記のとおり被告において支払つた金四万七、六三〇円のうちに含まれるものであることが認められるから、この請求は理由がない。

(2) 〔証拠略〕によれば、原告新田小城の本件受傷による入通院、付添のための交通費として合計金六、〇〇〇円の支出を余儀なくされたことが認められる。なお、〔証拠略〕によれば、右のほか交通費として金四、八二〇円が支出されたことが認められるけれども、〔証拠略〕によれば、右金四、八二〇円は釣具商を営む原告新田良純が顧客の注文により品川まで釣餌を仕入れに行つた費用であることが認められ、前記原告新田小城の受傷と因果関係ある支出とは認めがたい。

(3) 以上のとおりであつて、原告新田小城の本件受傷により合計金五万六、九三〇円の支出を余儀なくされたものと認むべきところ、前判示の同原告の過失を斟酌すれば、同原告の財産的損害は、このうちの金二万八、五〇〇円と認めるのが相当である。

(二)  慰藉料

〔証拠略〕を総合すれば、原告新田小城は、本件受傷のため事故当日から八日間にわたつて入院し、その後も昭和四三年六月二七日まで通院加療したが、右受傷を原因とする脳波の異常は消失せず、外観に異常は認められないものの現在にいたつても連夜尿失禁の状態か続いていることが認められ、これと本件にあらわれた諸般の事情を考慮すると、同原告の本件受傷による精神的苦痛に対する慰藉料は金二〇万円と認めるをもつて相当とする。

(三)  損害の填補

以上のとおりで、原告新田小城は被告に対し合計金二二万八、五〇〇円の損害賠償請求権を取得したというべきところ、被告が前記のとおり治療費金四万七、六三〇円とそのほか交通費金五、〇〇〇円をあわせて金五万二、六三〇円を弁済したこと、同原告は自賠法一六条に基づく損害賠償額の支払として金五万六、二四〇円を受預したことは当事者間に争いのないところであるから、この合計金一〇万、八、八七〇円を前記金二二万八、五〇〇円から控除すれば、その残額は金一一万九、六三〇円となる。

2  原告新田良純、同原告新田チカ子の損害

(一)  原告新田良純の財産的損害

同原告が釣具商を営む者であることは前記のとおりであり、〔証拠略〕によれば、原告新田小城の前記入院のため付添その他の必要が生じ、そのため充分な営業ができなかつたことが認められるけれども、同原告が右営業損失算定の資料として提出した甲第九号証は、その算定の根拠自体が必ずしも明らかではなく、そのまま採用することができないし、他の本件全証拠を検討して見ても、同原告のこの主張を認めるに足る証拠がない。

(二)  原告新田良純、同新田チカ子の慰藉料

同原告らが原告新田小城の養父母であることは本件記録によつて明らかであるが、子の受傷につきその父母に慰藉料請求権が発生するのは、右傷害が死にも比肩すべき場合に限られることはいうまでもないところであつて、原告新田小城の傷害の程度が前記のとおりであつて右の場合に当らないこと明らかな本件にあつては、爾余の判断を用いるまでもなく、この主張を失当としなければならない。

三、むすび

以上の理由により原告新田小城の請求は、同原告が被告に対し金一一万九、六三〇円とこれに対する本訴状が被告に送達された翌日である昭和四三年一二月一三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当として認容し、その余の請求を棄却し、原告新田良純、同新田チカ子の請求は、いずれも失当として棄却する。

よつて、民訴法八九条、九二条、一九六条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 原島克己)

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